January 2008
46 posts
“私があの人を大事に思っていて、 いなくなったことをこんなにも残念に思っているということを 解っていてほしいと思う”
– 7th-Rさん - 石井NP日記
Jan 30th
3 notes
“GIGAZINEがいまになってWayback Machineを紹介していたので、来年あたりGoogleを紹介するのではと思っている。”
– youkoseki.com | 日記 | 2008/01/28(月)
Jan 29th
1 note
fictional diary 1/30(2)
絶妙のコースをえぐるように打ち抜く言葉を放てるよう、強度とコントロールを磨く
Jan 29th
fictional diary 1/30
感情は私の中でいつもせきとめられている水のようで時に決壊してあふれる。小川のようにさらさら流すことができればいいのに。
Jan 28th
fictional diary 1/28
ノイズが多すぎてチューニングがうまくできないよ。もっと近くに来て。
Jan 27th
fictional diary 1/27 (2)
だれにも内緒で話したいことが本当はたくさんある
Jan 26th
5 notes
fictional diary 1/27
ひとはどうしてトクベツなひとになるんだろう
Jan 26th
Jan 25th
1 note
fictional diary 1/26
虚空に向けて投げるように言葉を放つと、言葉の強度だけで受け取る人が決まってくる。時に想定したのとは違う人が受け取り、想定したのとは違うレスポンスが帰ってくる。それはそれで特別な偶然性。 @つきじゃない言葉たちがいとおしいです。
Jan 25th
5 notes
“「女の子は好きにしてるのが、いいと思う」”
– 2008-01-25 - monmonmon
Jan 24th
1 note
“「あなたの存在は私が流されないための杭のようなものなの」”
– 2008-01-23 - aisiterujsan’s website
Jan 23rd
1 note
“「愛してもらえないのなら、私は死ぬの」”
– 2008-01-22 - aisiterujsan’s website
Jan 23rd
fictional diary 1/23
もしも、想いが揮発せずに残るとするならば、それがいつでも祝福であればと思う。呪いではなく。
Jan 22nd
2 notes
Jan 22nd
14 notes
“おしゃべりな人はしゃべればいいのです。書きたい人は書き、描きたい人も描けばいいのです。しゃべってしゃべってしゃべりぬいて、恥をかいたり後悔したりして、ついに、いく...”
– 白州正子
Jan 18th
1,108 notes
“あなたは目が覚めると、夢に見たことを何ひとつ憶えていない、ただひとりの男なのよ。”
– ガルシア・マルケス「青い犬の目」
Jan 17th
1 note
fictional diary 1/18
自分の心の中にもぐってみるとその一筋縄でいかなさにいろいろ思うところがあるけれど、たぶん、それと同じ深みをほかの人も持っている。動く心、ゆれる感情をかかえて、それぞれに生きている。 表から見える部分はほんの少し。見えない部分の深さを思うと、気が遠くなる。
Jan 17th
Jan 17th
3 notes
Jan 17th
5 notes
三軒茶屋すずらん通りが誇る謎の薬膳カレー5杯綴り券が欲しいでっす。本物で。 — taizooo
Jan 17th
4 notes
“ほんとうは人間の生き方から出るダシが「いちばんおいしいもの」なのです。”
– 斉須政雄
Jan 17th
6 notes
fictional diary 1/17
窓の外の景色はかわらなくとも、窓のそばに立つ自分のありかたはかわっていく。
Jan 16th
2 notes
fictional diary 1/16
明け方、悪夢に寝汗をかいて目覚めた。 ラジオから聞こえるウィスパーボイスなポップソングが完全な悪意に満ちていることに自分だけ気づいてしまう夢。
Jan 15th
“若いころのように、こうやってすごす時間を「死ぬまでのひまつぶし」とはおもわなくなった。ひとは何の目的も理由もなく生きているのだから、いまさらななめにかまえてもしょ...”
– 鈴木いづみ
Jan 13th
9 notes
fictional diary 1/14(鈴木いづみ風)
明け方の路上で「もうあたし死んでやるから」といって殴られた。 そして、あなたには守るべき子供がいるでしょう、とたしなめられた。私は死なずに子供のために生きていかないといけないらしい。子供だけじゃなく、たぶん私の仕事、私の母、私の兄、あとなんだったっけ、私が死ぬことで機能を停止するたくさんのものごとは残っているから、その責任は果たさなければ。 体は維持され、生活は続いていく。 サイトを運営したり、娘の宿題をみてやったり、ばんごはんを作る、そんな生活は続いていく。 確実な欠損をかかえたまま続いていく。
Jan 13th
2 notes
“ 絶望と虚無の闇に咲く花に出会えた幸運を胸に抱き、あなたがいるから私は生きていくのだと、だから、あなたにありがとうと、伝えたい。”
– サヨナラと告げる隙も与えずに - 藩金蓮の「アダルトビデオ調教日記」
Jan 12th
1 note
ありがとう。
Jan 12th
2 notes
1/13
「誰か」「誰でもいいから」と心のそこからの叫び。その先には誰でもよくはない特定の存在がある。目をそらしてはいけない。誰かでは替わりにならない。
Jan 12th
1 note
新しい目印を探さないといけない
Jan 11th
1 note
1/12
外部のできごとと感情の動きとそれに伴う行動は、注意深く感じていると実はそれほど連動してはいない。 そこを注意深く感じないで最大公約数的に連動させて考えれば自分も周囲もしあわせになれるのかも知れないけれども。
Jan 11th
4 notes
“真っ暗な中向こうに光があればとりあえず向こうへ。”
– 2008-01-09 - もちがやRM3’
Jan 11th
1/11
受け取れない愛情や好意の取り扱い方って、その人の問題解決能力が如実に現れるね。
Jan 10th
4 notes
1/10
悪天候を楽しめるようになるだけで、人生の質は向上する。 
Jan 10th
3 notes
“イジる奴よりもイジられる奴のほうが偉い”
Jan 9th
20 notes
1/9
防御する癖を捨てたい。 頭から何かを否定したり、むやみに誰かを引き止めたり、周囲を苦しくさせるほど自分を卑下したり。いったい何が怖くてそんなに自分を守ろうとしているんだろう。何を恐れているのか、どうなることを恐れているのか。がんばってもあと50年ぐらいしか生きられないというのに。
Jan 8th
4 notes
Jan 6th
3 notes
1/7
興味や関心がなくなったらダメだ。 少なくとも私の場合、愛情ある無関心というわけにはいかない。興味のあることに関する粘着力と記憶力がかなりあるかわりに、興味のないことを遮断する機能もどうやら天才的にすぐれている(逆に言うと病的であるということ)らしく、興味がない物事はまったく覚えていない。するっと忘れてしまう。 ある事象が興味がないフォルダに入ってしまうと、もう迷惑メールフィルタと一緒で、 脳内からいつのまにか消し去られているのだ。痕跡も残さず。 昔、モテないことを嘆いていたときにある人から言われた。「あんた、男に対してハードルが高すぎる」いやいや、そんなことはない私のストライクゾーンは広いし、誰かを拒絶したことなんてないと答えたけれど、今にして思うと、私の興味を惹くというハードルは無意識に存在していて、潜在的に好意をもっていてくれた人をあっさり忘れて傷つけていたのかも知れないとは思う。...
Jan 6th
1/6
自分の傷は自分で癒すしかない。自分の痛みは自分にしかわからない。 傷を一番効率よく治す方法は、ちゃんと傷を意識しながら放置すること。下手にいじることもせず、不用意に触れることもしないこと。お互いの傷を癒しあう関係っていうのは、結局はかさぶたの剥がしっこしてるだけ。いつまでたってもなおるわけがない。
Jan 5th
1 note
“Everybody wants to sing my blues / Nobody wants to live my blues”
– Masterpieces - Beggar’s Banquet
Jan 5th
2 notes
“「何を信じて何にだまされる?」 「己を信じて己をだませ!」”
Jan 4th
36 notes
存在としてではなく、連続的な事象として愛されたい
Jan 4th
1/5
つきつめると、自分の好きな人から興味をもたれるようなことを提供したい、という欲求が非常に強くあるんだと思う。この場合の好きな人というのは恋愛的な意味ではないことも多いけれど。 「あの人が興味がある物事に対する心の強い動き、それが自分に向けられるとしたら、どんなに幸せな気分だろう」と妄想するけれど、そこで相手が自分に興味を持って、自分の影響を受けだすと相手に対する興味が薄れる。自分の考えていないことを考えているから相手に興味があるのであって。だから物事に対して興味をもっても人に対してあまり興味を持たない人を信頼する。 興味という点において、わたしはいつでも片思い体質だ。帰り道で待ち伏せするように、相手が興味を持ちそうなことを先回りして形にすることばかり考えてる。 ところで興味と愛ってどう違うんだろ。 
Jan 4th
1/4
思い起こすと昨年の年明けぐらいから、踏み荒らされない自分の領域が欲しくて、ことあるごとに一人になりたい一人になりたいとこぼしていた。そのエネルギーの赴くままに突っ走った結果、何とか昨年のうちにそういう環境に落ち着いたわけだけれども。それなのに、なんだか寂しがったりしているのは冷静に考えると奇妙なことだ。 そりゃあ、そういう寂しさや弱さ、いびつな部分を吐露して、もたれかかったとしたら、きっと受け止めてくれる(かも知れない)としても そういうのはやっぱり違うんじゃね?そもそも誰かと生活することに向いてないことなんて自分が一番よくわかってる。 世界はものすごいスピードで動いていて、その速さで走るには誰かのペースをあわせるんじゃなくて一人でないといけない。ましてや部屋の中でいい子にして待ってることなんてできない。寒い朝に一人走り出して、先まわりして向こう側から手を振りたい。そんな仕事始めなのです。
Jan 3rd
4 notes
December 2007
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Dec 31st
3 notes